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田中宏明会員の写真活動

2010年4月14日 (水)


写真・武道・料理・茶道📷

 英国王立写真協会 日本支部のメンバーは多士済々だ。それぞれをご紹介できればと思っている。本ページでは田中宏明会員の作家活動についてレポートしよう、ご自宅を訪問して取材させていただいた。(レポート:豊田芳州)

 初めにもてなしていただいたのは抹茶だった。これは田中宏明会員のパーソナリティーを表している。田中会員(以下、田中さんと呼ばせていただく)は風流人である。しかし、武道家でもあり、板前でもある。

📷 田中さんの原点は柔道だという。4歳ごろから柔道を始め、厳しく鍛えられた。しばしば竹刀でたたかれたという。大病を患ってはいるが、いまだ風貌は武道家である。📷20年前、箱根の保養所の管理を任され、たくさんの調理を経験した。そこで、景観料理という新境地を切り開いた。料理の盛り付けでいろいろなことを表現する。日本の節句や都道府県の代表的な風景などだ。どちらも、制作にとりかかる前にデッサンで構想を練る。写真上左は節句「七夕」(たなばた)のデッサンと景観料理のアルバムだ。📷2月に開催した第8回王立写真協会日本支部展に出展した景観料理写真は、北斎の絵をモチーフにした『北斎』と、節句シリーズの『端午の節句』だった(写真左) 。

 田中さんの代表作は、『乙女不二 一年三百六十六変化(へんげ)』である。箱根の乙女峠から定点観測撮影した作品群だ。まず、富士を「不二」と書いたところに妙がある。「三百六十六」は、うるう年で1年をカウントしているからだ。📷タイトルの意味は、「二つとない366日の富士山」という意味だろう。コンタクトプリントのように構成されたアルバム(縮小版)を見せていただいた(写真右上は11月の変化)。ときどき同行される奥さまからうかがったところによると、田中さんは、どんなに寒くても、暗いときでも車の外でシャッターチャンスを待つという。📷筆者も、氷点下で富士山を撮影した経験があるが、シャッターチャンスを待つときは車中で過ごす。ほとんどの写真家はそうである。氷点下でシャッターをきらずにカメラのそばに立っているのはつらい。田中さんにとっては、外でシャッターチャンスを待つことに意義があるのであろう。被写体と対峙するときの緊張感は筆者もなんとなく共感できるが、田中さんの真意はわからない。武道家としての真骨頂が表れているのではないか。そして、完成したのが『乙女不二 一年三百六十六変化』である。おそらく、だれもが取り組んだことのない大作だろう。(写真左上は“月下富士”を掛け軸にしたもの)

 今までに何回も個展を開催してきた。松戸・伊勢丹、銚子・十字屋、津田沼・丸善など、会場はいずれも地元千葉県のデパートや書店である。店舗が会場を提供するのには、作品が売れるという前提がある。売れない作家にはギャラリーを提供しない。田中会員は売れる写真を目ざしたのである。フランスでは写真と絵画は同格だという。日本の写真環境もそうなってほしいと願っているが、いまのところ、自身の率先垂範しかないのである。地元開催にもこだわりがあるようだ。『乙女不二 一年三百六十六変化』は、昨年、地元柏市の「アートラインかしわ2009」で展示された(2009年11月6日~30日 乙女富士写真展工房西山荘 ☎04-7171-3230)。📷

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 自宅には「春夏秋冬の間」(写真右)という部屋がある。富士山の四季を掛け軸や屏風に装丁して展示されている。ギャラリーというよりは茶室のようだ。田中さんによると、戦国時代、武士は出陣に備え主君より一服の茶を進呈されたという。いざ出陣は、「いざ撮影」に通じるところがあるのかもしれない。写真を侘茶と融合させるところに田中さんの心髄がある。

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