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第3回リレートーク 『英国王立写真協会と私』

2010年3月27日 (土)


高木祥光会員の入会と日本支部設立

 高木会員(写真左)は、戦後2番目に英国王立写真協会に入会された日本人です。ということは、現在、日本支部でもっともキャリアの多い会員のひとりです。そこで、入会当時のご自身の体験と当時の王立写真協会について、リレートークで話していただきました。同時に、当時の入会記念品や専売グッズもご披露いただいた。以下に要旨を掲載します。

 1964年ごろ、「カメラ毎日」に英国王立写真協会(以下RPS)の特集記事が掲載された。私は好奇心でこの記事にひかれ、当時の二村次郎編集長にその存在を確かめた。また、当時勤めていた日経新聞のロンドン特派員にRPSについて調べてもらった。

その結果、RPSは英国にいろいろあったロイヤルロビーの一つであることがわかった。
ロイヤルロビーとは、英国王室が支援振興する組織のことで、スノードン卿もRPSのメンバーであるという。入会するといろいろなメリットがあることもわかった。年1回の審査に15点の組写真を送り、合格すると入会できる。

 そこで、二村編集長にアドバイスを求め、テーマを決めて作品作りに着手した。いくつかの候補から「日本の女性」をテーマとすることにした。当時、上野精養軒で修業されていた幸田マリ子さん(幸田文氏の姪)にモデルをお願いした。日本的なロケ地として箱根旧街道を選び、和服、高下駄、和傘などの衣装・小道具をそろえ、1週間にわたるロケを敢行した。200カット以上の作品を二村編集長に見ていただき、15点を選んでRPS本部へ送った。写真下左は高木会員のジャンパーのロゴマーク、同右は三宅会員のロゴマーク入りネクタイ

 1965年のクリスマス直前に、入会許可の通知が届いた。会費を納入すると、会員証、木製の会員プレート、金属製の車に付けるプレート、バッジ(写真上3点参照)などが届いた。「会員証は、イギリス圏で活動するとき大きな力を発揮するだろう」という添え書きがあった。会則のほかに、いろいろな行事の予定が送られてきた。毎月、撮影会、勉強会(例えば、ケネス・ベーケンの「ヨット写真の撮り方」)、有名人を招いたパーティーや会食への招待など盛りだくさんだ。それらへの参加規定も書かれている。例えば、ダンスパーティーへは白手袋持参、ホテルへは馬車の乗り入れが可、などだ。入会後、在日英国人や関西、九州などに住む日本人から「本部で貴君の名まえを知った。日本支部を作らないか」という話があったが、支部結成には至らなかった。

 1970年ごろ、RPS本部の民営化が浮上した。エリザベス女王の名はパトロンとして残るが、経営の実体は王室から離れ協会は独立した。本部はロンドンのプリンセス通り24番から2、3か所移転し、現在はバースにある。独立採算になって、スポンサーや広告主の積極的な勧誘、社交的な催し物を減らし、写真コンテストと本部発行誌(「RPS Journal」など)の拡充などに着手した。写真上左はリレートーク風景

 1994年夏、青木朗顧問より、設立発起人と日本支部設立の依頼を受けた。たび重なる打ち合わせで規約原案を作成。1996年8月30日、英国大使館で設立式が行われ、英国王立写真協会日本支部(RPSJ)は正式の発足した。これには、在日英国大使ハミルトン氏やRPS本部事務局長も参列された。RPSJは、このような経緯で現在に至っている。

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